「ない仕事」の作り方 みうらじゅん 著【書評】刺激が強すぎた。

「ない仕事」の作り方 みうらじゅん 著【書評】刺激が強すぎた。

みうらじゅんさんのこの”「ない仕事」の作り方”は
今まで読んできた中で特段衝撃的だった本です。
こんな角度で継続力の重要性を説教されたのは初めての体験であった。

人生を楽しみたいと思っている人はぜひ、一度読んで欲しい本だ。
では、”「ない仕事」の作り方 みうらじゅん著”を紹介していく。

「普通」の自分を否定していくことで面白い事が始まる。

「そこがいいんじゃない!」
 人はよくわからないものに対して、すぐに「つまらない」と反応しがちです。しかしそれでは「普通」じゃないですか。「ない仕事」を世に送り出すには、「普通」では成立しません。「つまらないかもな」と思ったら「つま・・・」くらいのタイミングで、「そこがいいんじゃない!」と全肯定し、「普通」な自分を否定していく。そうすることで、より面白く感じられ、自信が湧いてくるのです。

ものごとに対する捉え方が全く異なるなと感じた。
つまらないものにこそ、面白いものがある。みんなが気づいていないものがある。
そういう視点を持つことで、見え方が変わってくるのかな。

これは瞬時に対応できる内容のものではないが
違う角度で捉えるというくせをつけていくことの大事さだと理解した。

 すべては「グッとくる」ところから始まります。何かを見たり聞いたりしたときに、すぐに好きか嫌いなのか自分でもわからないもの。違和感しか感じないもの。言葉では説明できないもの。私はそういったものにグッとくるのです。いつかこの、グッときたものを人に伝わるように具現化したい。それが私の仕事のモチベーションです。そのままで発表しても面白くないもの、伝わらないものが、全く違うものと結びついたときに、最初に「おかしい」と思ったことの真髄が現れるような気がするのです。ですので、グッときた段階では、私はまだその発表は行いません。

全ては最初の「グッとくる」という直感を大切にしているところから始まっているんだな。
「何か感じるものがある。」その感覚を大事にしていくべきだな。

僕も意識はしていないが結果的に直感を大事にしてきている。
直感って気づきにくいけど、ものごとに触れた瞬間に感じる何か!ですよね。

みうらさんの「グッとくる」という直感は、
僕とは違うものではある。それは今まで何に意識をしてどう決断してきたかによって
直感の感覚は当然変わると思うので当たり前だ。

みうらさんの「グッとくる」の一つは
周りの人はなんとも思っていない”けど
何か引っかかるものがあるというものではないかと解釈した。

この角度がたまらなく僕には新鮮である。

自己欲求を大事にする。

 私の仕事は「あったらいいな」という気持ちで始まるのです。自分が「あったら絶対買う」と思えるかどうか。
 私が「マイブーム」と認める対象は、幼い頃から好きだったことや、何年もかけて調べて、実際に脚を運んで、大好きになったものだけです。そして、今にも消えそうで、世間の評価があまり高くない対象こそ、「そこがあえて面白い」、「そこがいいんじゃない!」と、より一層強く後押ししたく成るのです。

「自分があったら絶対に買う」に原点を置けたら、純粋に何でも出来る気がする。

ただ、幼い頃からずっと好きなことや何年もかけて調べたことがどれだけあるのか?
今ぱっと思い出せないが40年も生きてきたら絶対に存在する。
その存在が消えてしまいそうなときが一番燃える時という感覚は
僕には全く持ち合わせていないもの。

このタイミングから日の目を見るまでには
とてつもない能力と時間がかかることは容易に想像できる。
普通なら全く取り組む対象とはしないのだろう。

みうらさんの着眼点がわかってきた気がする。

以下、みうらさんの着眼点の例である。

 私は間違ってバスを途中下車してしまいました。失敗に気づいたのはその後です。その路線は、1時間半に一度しかバスがやってこなかったのです。
 何もない山道に皆さんそうなると思いますが、私も相当腐りました。しかしそのとき、ふと目に留まったのはそのバスの時刻表でした。朝から夜までの時間が書いてあるのに、バスがやってくるのは1日にほんの数回です。 私はその時刻表を写真に収めました。「こんなこないバスってなんだよ!」というマイナスの気持ち、憤りからです。そして、「こんなに待たされて、まるで地獄だな」と思ったときに、ぱっと閃きました。
 この地獄のような時刻表を「地獄表」と呼んだら、味方が変わるのではないか?マイナスのものを、名前をつけて面白がってみると、自分の気持ちすら変わってプラスになる。
 

実例を読んでようやくみうらさんの言っている事が腑に落ちてきた一例である。
このエピソードを読むだけでも面白いプラスの気持ちになる。
何でも面白くなるのかなと思わされる。

みうらさんはその後、地獄表巡りの旅などを行っている。
楽しすぎる。この人生の楽しみ方!!

出てこない言葉を調べるとは?

 私がインターネットを使っていちばんよくやるのは、「でてこない言葉」を探すことです。普通には世にでているものを調べるのでしょうが、私の場合はこれから世に出したいもの、そのネーミングなどが、まだ誰も手を出していないものかどうかを確認するために検索するのです。

新しいものを作り出しているの人は視点が違うのだなとやはり思う内容だ。
インターネットでの検索は自分が知りたいもの、疑問に思ったものを知るために
すでに誰かが着手した情報を探しに行くものと認識していた。

しかし、誰も着手していない、目を向けていないものを探す。
という発想はまったくなかった。
思いつきで新しい言葉生み出されているわけではないんですね。

これまた驚きであった。

「自分探し」ではなく、「自分なくし」

 私が何かやるときの主語は、あくまで「私が」ではありません。「海女が」とか「仏像が」という観点から始めるのです。
 そもそも何かをプロデュースするという行為は、自分をなくしていくことです。自分のアイデアは対象物のためだけにあると思うべきなのです。

これは最初、どういう意味なのか?正直全く理解できない。
ただ、これは取り入れるべきだと直感が叩いているものである。

 私の「したい仕事」は世の中にあると思い込んでいました。しかし、どうやら、ない。だったら自分で作るしかない。しかしそこで自己主張してしまうと、世の中からすぐに「必要がない」「ほしくない」と気づかれてしまう。そこで自分を消し、あたかも「なかったもの」が流行っているかのように、主語を変えてプレゼンしてみる。すると、人々は「流行っているのかな?」と、ようやく目を向けてくれるようになる。
 「自分探し」をしても何にもならないのです。そんなことをしているひまがあるのなら、徐々に自分のボンノウを消していき、「自分なくし」をするほうが大切です。自分をなくして初めて何かが見つかるのです。
 

自分がしたいことはこれで、
自分の考えはこうで、
自分が調べた結果、自分はこうなると考える。

普通何かプレゼンする時はこのような視点だと思う。
もしくは想定されるお客さんの視点はこうであると言った客目線。

しかし、そうではなく、氣になったものを主語にする。

僕でいうと例えば、SUPの良さを伝えようとしたときに
僕がSUPをすることで感じるられることや気持ちよさなどのメリットを伝えることに成るはず。

このみうらさんの視点から行くと
「SUPがもっと目立てばいい。」
「SUPがメジャースポーツになればいい。」
「SUPがオリンピック競技になればいい。」
「SUPがもっと若い層に広がればいい。」
などであろうか!

ここは難しいはなしだが、全くない発想であったために、
「自分なくし」をもっともっと意識してみたい。
時間がなった後にこの投稿を見直して、腑に落ちることを期待する。

まとめ

「ない仕事」を作り方は正直、僕が持っていない着眼点満載なために
特に「えっっ!なにそれ?!」と思ったところをまとめてみた。

この発想はすぐに持てるものではない。日々の生活の中でこの着眼点で
かすかでも疑問を持つことが重要だと理解した。
ものごとへの視点の向け方をもっと意識していきたい。

最後に僕がとても共感した内容をいかに添付します。
この本は僕にとって過去最大と言っても過言ではないインパクトの持ち主でした。
ありがとうございました。

つまらないより楽しい方がいいに決まってる。

「キープオン・ロケンロール!」言うは易いですが、やり続けることが大切なのです。何かを好きになるというのは、自分を徐々に洗脳して、長く時間をかけて修行をして、対象のことを深く知ってからでないと、長続きもしないし、人を説得することもできないということです。

 人生どうなるかなんてわかりませんが、ひとつはっきりしていることは、他人と同じことをしていては駄目だということです。なぜかというと、つまらないからです。皆と同じ人気職種を目指し、同じ地位を目指すのは、競争率も高いし、しんどいじゃないですか。それよりも、人がやっていないことを見つけて達成するほうが、楽しいじゃありませんか。

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